放浪の向こう側 Another World

海外放浪記/洋楽翻訳/個人コラム

夏の終わりに想うこと、あの日の旅路

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窓の外、夕焼けが綺麗だった。

夏の夕焼けはどこか薄ぼんやりしていて、

淡いようでいて、鮮明な色彩のグラデーション。

まるで遠い日の思い出みたいだな、とふと思った。

もう頭の中では薄れかけているのだけれど、

心の中では今も鮮やかに息づいている。

そんなノスタルジーに浸って夕涼みをしていたら

意識はいつかの思い出へとトリップしていた。

 

場所はジェフ・バックリ―のハレルヤに出会った、海の見える宿。

その日、私は早く起きて出発の支度を整えていた。

 

次の目的地は南の方角、

交通手段、ヒッチハイク

 

身支度を整えて、宿のオーナーに挨拶をする。

するとご主人は、「君のことはずっと忘れないよ」と言ってくれた。

私は何か印象深いことをしただろうか?と振り返ってみたが

思い当たることと言えば、

夜、雨の中を友達と釣りに出かけて行ったこと、

そして、目の前の海から毎日アサリを採って

その出汁で料理をしていたということ。

言ってみれば、やや縄文人のような生活をしていたことであろうか。

 

とにかく、その宿は居心地が良い場所だった。

そうゆう場所に身をうずめると、人間が本来持っている原始的な意識が

少しずつであるが目覚めるのかもしれない。

 

そんなことを考えながら、重たいバックパックを担いで

宿の目の前の道路でヒッチハイクを開始する。

 

親指を立てて、手をまっすぐに伸ばし、行きかう車に向かって視線を送る。

ヒッチハイクは言うまでもないが、運と、忍耐すなわち己との戦いの上に成り立つ、

極めて地道な作業なのである。

そして身の危険が及ぶかもしれないことも、もちろん想定しておかなければならない。

しかし、そんな緊張感の中、その先の展開は神のみぞ知るという明け渡しの精神も重要になってくる。

この緊張と明け渡しのはざまを肌で感じることができるのがヒッチハイクの醍醐味ともいえる。

 

その日も気持ちを引き締めて、長丁場覚悟で道に立っていたのだが

ヒッチハイク開始後5分もしないうちに、一台のえんじ色の車が停まった。

その車に向かって、いそいそと駆け寄る私。

「目的地はどこ?」と笑顔でその男性は聞いた。

 

視界に飛び込んできた車の内装は、一言で表現するとQUEENフレディ・マーキュリーだ。年の頃は40代後半といったところだろうか。

サイケデリックにロックンロールとニューエイジが入ったような。

ダッシュボードにはクリスタルのアメジストが置かれていた。

文面で伝えれば伝える程、怪しい印象になってしまうのだが

私の肚は、この人は悪い人ではないことを悟っていた。

 

「Thames(テムズ)に行きたいんですけど」と行先を告げる。

ルート25を車で走らせて45分のその町は、この辺りでは一番大きな町で

行き交う車のほとんどがその町を目指して走っていた。

世界観がフレディのそのおっちゃんは、「僕もその町に行くところさ」という

期待通りの答えが返ってきた。

「良かった!」私はバックパックを後部座席に乗せ

そして助手席に座った。

 

まず簡単な自己紹介から始まって、私はニュージーランドまで来た経緯や

かれこれ3年近く旅をしていること 

加えてトレッキングが好きで、オーストラリアやニュージーランドのいくつかの山に登った話、そしてその旅も終焉を迎えて、数週間後には日本に帰ることなどを話した。

 

「僕も昔はアウトドア派で山登りをしたり、乗馬をしたりしていたんだけどね…」と

話し始めたフレディの座席横にはサイケデリックな模様をした杖が置いてある。

若い頃、ビルのメンテナンス会社で働いていて

ガラスの破片が足に刺さり、片足が不自由なったのだという。

それ以来、以前のような会社勤めが難しくなり

もう10年以上、政府からの援助を受けて生活しているそうだ。

 

「生活には困っていないよ、でもやっぱり仕事がしたいな」

明るい口調でフレディは言ったのだけれど、それは痛切な願いだろう。

それからフレディは話題を変え、彼が若かりし頃にヒッチハイクをしたが

誰にも拾ってもらえず、結局何時間も道路を歩いた苦い経験などを話してくれた。

 

話しているうちに、あっと言う間にテムズに着いた。

「僕はこれから郵便局に行くんだけど、その前に君を行きつけのお店に案内したいんだ。」

フレディはそう言って、町のクリスタルショップに連れていってくれた。

「君の好きな色は何色?」

と聞かれ、思いもよらない言葉にまごまごしていると、

フレディは「これなんかいいんじゃない?」

と、私の前に差し出した。

それは乳白色のクリスタルで、淡い虹色のような色が入っていて

光の角度によって、色を変えていく、

純粋で透明な様々な色が交じり合って、溶け合っている。

 

フレディはそのクリスタルを私にお守りとしてプレゼントしてくれたのだ。

 

思いがけないことで、頭が真っ白になり

どのように感謝の言葉を述べたのかは、今となっては全く思い出せないのだが

どんな言葉でも形容できない程、私は胸を打たれたことは鮮明に覚えている。

 

出会ったばかりの人から受けた思いがけない親切が、

どれだけ人の心を動かし、豊かな思い出になるだろう

そうやって知らない人同士が、優しさで繋がれていったら

この世界はどんなに平和になるんだろうって

感動のあまり、おもわず世界平和にまで想いを馳せてしまった。

 

日本の夏の夕焼けからフラッシュバックした思い出のクリスタル。

これからも、淡くノスタルジックな美しさに触れるたびに

このクリスタルのこと、フレディのおっちゃんのことを思い出すんだろう。

そしてフレディの幸せを祈るんだ。

それが旅路で出会い、別れた人たちに贈ることができる

唯一のプレゼントなのだと思う。