放浪の向こう側 Another World

海外放浪記/洋楽翻訳/個人コラム

オーストラリア ジンベイザメと泳ぐ旅

それはシドニーのシティでくすぶっていた時のこと。

 

ふと手帳を開くと、オーストラリアでやりたいことリストに

ジンベイザメと泳ぐ」という走り書きを目にする。

自分では書いたことをすっかり忘れていたが、

その時、直感で「よし、ここに行こう!」と決めた。

 

このように軽いノリで決めたのだが、実際の距離感でいうと

シドニーからまずパースまで3900㎞、さらにパースから目的地のエクスマウスまで1200㎞の道のりである。

しかしオーストラリアほどの巨大な国にいると、距離感覚というものまで麻痺していくから不思議だ。

まるで、胃袋が拡大と収縮を繰り返すように

感覚というものも、環境に合わせて更新されるものみたいだ。

もっともこれは一か所に留まらず、各地を旅したことで得られたものかもしれない。

ひとつの小さな場所にただ停滞しているだけでは、世界が広がらないのと同じで。

 

そんな話はさておき、私は飛行機にのって

東の大都市シドニーから、西オーストラリア随一の都市パースに飛んだ。

そこから小型飛行機に乗り、ジンベイザメと泳げることで知られているエクスマウスに到着する。


到着した日は激しい雨が降っていた。時間の際限がない私は、近くの情報センターでのんびり雨宿りすることにした。

 

待っている間、ベンチの隣に座っていたオーストラリアの女性と話をしていた。その女性は車でこちらに向かっている旦那さんを待っているそうで、

「雨がすごいし、宿まで乗っけて行ってあげるわよ」と親切に言ってくれたのだ。なんともありがたい。


私は実はまだ宿が決まっていないことを告げると、町に数件あるキャラバンパーク(基本的にはキャンプ場だが、ここの町には宿泊施設があった)を車で一緒に巡ってくれたのだ。

私は、そのご夫婦が以前泊まったことのあるオススメのキャラバンパークに泊まることにした。 

ご夫婦の奥さんが「私達も昔二人で色んな国を旅したのよ。あなたと話していて、それが蘇ってくるようで楽しかったわ!」と言ってくれ、

私はぎゅっとハグをして別れた。素敵な出会いだった。

 

まさか異国の地において、キャラバンパークで一人で泊まるという経験をするとは、数ヶ月前日本でOLをやっていた頃の自分には想像もできないことだった。これから旅を重ねるにつれて、それはなんともないことになるのだけれど。


翌日、昨日までの雨は嘘のように空は晴れ渡り、西オーストラリアの太陽のお目見えである。

そして早速ジンベイザメと泳ぐツアーなるものに申し込んだ。

ツアーはちょうど残りの一席だったようで、何やら運命めいたものを感じる。更には日本人ですと言うと、ノリの良いオーストラリア人ツアーガイドはなぜか50ドルまけてくれたのだった。

 

その日の夜、同じキャラバンパークに泊まっているドイツ人カップルと仲良くなり、この辺りで有名なStaircase to the moon(月への階段。月の光が海面に反射して、階段のようにみえる現象)を見にいくから、一緒に行かないかと誘ってくれた。

地球の歩き方などのガイドブックには、この月への階段はBroomという場所で見られると書いてあったのを思い出したが、案外どこでも見れるかもしれない。

参加者は、ドイツ人カップル、オーストラリア人の中年男性、私の4名。


夜の海を目指して車は走り出した、が、正しい場所を知っている者が誰もいないことが判明する。しばらく走り続けると、荒涼としたオーストラリアにふさわしく、携帯の電波もつながらなくなり、皆の野生の勘だけを頼りに車を走らせる。もちろん街頭などない、ただの漆黒の闇の中、もはや自分達が一体どこへ向かっているのかすら分からない。

もう見れないんじゃないか…と、おそらく全員があきらめかけた時、私達の目は前方左側に光る球体と、その下からうっすらとのびるている光の階段をとらえたのだ。

海と月を見つけた私達は、海辺に到着するやいなや車から飛び出した。

目の前の海に映るのは、静寂の中の光のイリュージョンであった。この日はちょうど満月で、絶好の月への階段日和と言えよう。私達は砂浜に座り、しばらくの間その景色をぼんやり眺めていた。


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もはや昨日の想像すら何もかもが現実味を帯びておらず、毎日が大きく更新されていく。明日のことだって、何一つ予想できない。大きな流れに身を委ねる以外、なすすべはないのだ。旅に出て、それを初めに感じたのが、この日だったと思う。


帰りの車の中で、ドイツ人カップルが「北西にあるカリジニ国立公園は是非行くといいよ。」と言われ、私の中でぼんやりと次の目的地が決まりつつあるのだった。

 

そして翌日。ついにメインイベントのジンベイザメと泳ぐ日だ。

この日も晴天で、気持ちは高鳴る。ツアーは現地の会社が運営しているもので、もちろんオーストラリア人がガイドとインストラクターである。

彼らは皆とても感じが良く、明るくツアーを盛り上げてくれた。

参加者は15名ほどの少人数で、小学生ぐらいの子供がいる家族連れやカップルが多く、とても和やかなムードだった。移動中も船の上でも、終始温かい雰囲気だったのをよく覚えている。


沖に出てから1時間程経過した頃だろうか、私達はジンベイザメの群れと出会うことができたのだ。それは想像を超える美しさであった。

動物に対して、美しいという感情を抱いたのも、初めての体験である。

確か、私が小学校4年生の時、大阪の海遊館で初めてジンベイザメを見て、その大きな生き物が水槽いっぱいに優雅に泳ぐ様子に感動したことを思い出した。

あの時10歳だった私が大人になった今、こうしてジンベイザメと一緒に並んで泳いでいることを思うと、何とも感慨深いものがある。


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また、このツアーで私は一人の台湾人と友達になった。聞けば明日から、友達と車でカリジニ国立公園に行く予定なので、よかったら同乗しないか、と言う。 昨日ぼんやり定めた目的地が今日既に実現しようとしているなんて!願ってもなかったチャンスを掴み、私は荷物をまとめて彼らと一緒にカリジニ公園へと向かうことになった。